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先日、未来型カガクシャ・ネットが発刊している『海外の大学院留学生たちが送る!サイエンス・実況中継』というメールマガジンに、いま携わっている研究内容を簡単に紹介した記事を載せて頂きました。メールマガジンを購読して頂くのが一番なのですが、せっかくなのでこちらにもそのコピーを載せておきます。なお、下で紹介したハプティクスに関して興味が湧いたら、2007年3月8日号の The Economist に掲載されていた How touching(英語)という記事にもぜひ目を通してみて下さい。iPhone への実装が期待されている技術の話などが出ています。
1. ロボット工学
アメリカでロボット工学を勉強していると言うと、「ロボットなら日本じゃないの?」と思われる方もいらっしゃるでしょう。2005年愛知万博で最高峰のロボット技術が集結していたのは記憶に新しいですし、日本では数多くのロボットコンテストが開催されており、最近では小学校で実施するところもあるようです。また、もうお馴染みとなったホンダの ASIMO やソニーの AIBO(既に2006年3月に生産終了)など、人間型ロボットやエンターテイメント分野では、日本は飛び抜けています。総合力では間違いなく日本はトップクラスです。
一口にロボットと言っても多種多様です。大別すると移動型ロボットと操作型ロボットになりますが、より細かく見てみると、先に挙げたエンターテイメントロボットや人間との共存を目指す家庭用ロボット、自動車の組み立てなどに用いられる産業用ロボット、人間の操縦なしで動く自律型の移動ロボット、昔ながらの義手や義足に取って代わるインテリジェント義手・義足まで、様々です。
そんな数多くのロボット工学の中で近年注目を集めている分野に、医療ロボットや医用ロボティクスと呼ばれる研究領域があります。比較的新しい分野ではありますが、高齢化・少子化が社会問題になっている日本にとって、ロボットが医療・福祉の場で担う役割は確実に大きくなっていくでしょう。現に日本ロボット工業会によれば、医療・福祉ロボットの需要は2005年には292億円ですが、2010年には4倍以上の1,204億円にまでなると予測されています。
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ロボットの医療への応用は、遠隔操作を使った手術の概念が1970年代前半に提唱されています。医療の現場にロボットを持ち込むことで、精度の高い手術が実現され、低侵襲化(傷口を小さくすることで、患者の身体にかかる負担を少なくする治療)が可能になります。遠隔操作システムを使うメリットは、患者が遠く離れた場所にいても手術できる点や、ロボットの動きを拡大・縮小できること、また操作者の手ぶれなどを抑制できる点が挙げられます。
残念ながら、この医療ロボットの分野において、日本は欧米諸国に遅れを取っています。その要因として、新しい技術に対する法律が整っていない場合、前例がないことに対しての認可が慎重になり、その結果、法成立までに長期間を要することが挙げられます。また、日本の医師の技術レベルが高いがゆえ、ロボットを使った手術への抵抗感もあるようです。そのため、既に数万に及ぶ症例において、医療ロボットの代表格であるダ・ビンチが世界で使用されている一方、日本では未だ厚生労働省から医療用具としての許可が出ていないという現状です。
アメリカにおいて医用ロボティクスに携わるメリットは、企業との共同研究と各分野間の敷居が低い点が挙げられます。近年、日本でも産学連携といった企業と大学の知の共有や、様々な分野間のコラボレーションが盛んになってきましたが、この点ではアメリカは非常に進んでいると思います。もともと大学発ベンチャーが非常に多いですし、学科や専攻にとらわれず、必要に応じて様々な研究者と共同研究します。ジョンズ・ホプキンス大学は医学で非常に有名なのですが、実際に私の所属する研究室(Haptic Exploration Lab)で提案した手法を医師に実験してもらったり、逆に病院の施設を利用させてもらい、我々が実験することも多々あります。
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現在、先に挙げた遠隔医療ロボットの最重要課題は、正確な力のフィードバックを操作者に返すことです。現状では、術者にとって非常に重要な手応え感がほぼ欠如しており、モニタを通した視覚情報のみに頼っています。実験レベルでは力フィードバックの実装に成功していますが、正確な力フィードバックが実装されているものはまだありません。Haptics Lab では、精度の高い力フィードバックを遠隔操作ロボットに実装し、操作者がロボットを操作しているのではなく、実際に患者を手術しているような手応え感を作り出すことを目標にしています。これらは、次に紹介するハプティクスという概念に繋がっていきます。
遠隔操作ロボット
遠隔操作ロボットの代表例に、マスタ・スレーブと呼ばれる二対のロボットから成り、操作者がマスタ・ロボットを使って離れた場所にあるスレーブ・ロボットを制御するシステムがあります。第二次世界大戦直後、アメリカで放射線物質を扱うための遠隔操作ロボットが開発されたのに始まり、今日でも原子炉や災害現場、宇宙や深海など、人間にとって危険なところや作業をするのが困難な場所での作業を可能にする遠隔操作ロボットの開発が進められています。
ダ・ビンチ (The da Vinci Surgical System)
カリフォルニア州にある Intuitive Surgical 社が開発した遠隔操作タイプ手術支援ロボットの名称。2000年にFDA(アメリカの食品医薬品局)より認可を受け、2006年末現在、世界で550台以上のダ・ビンチが稼動しています。内視鏡的手術が可能な症例にはすべて使用でき、一般外科手術以外にも様々な手術が可能です。
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2. ハプティクス (Haptics)
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多くの方にとって、ハプティクスという言葉は馴染みがないと思います。私もいまの研究室に所属するまで知りませんでした。ギリシャ語の haptesthai という単語を語源とし、英語で説明すると anything relating to the sense of touch, 日本語だと力覚や触覚を意味する言葉です。つまり、硬いものや柔らかい物体を押したときに感じる反力や、ツルツル・ザラザラした物体の表面を触ったときの手触り感などをハプティクスと呼びます。以前からこの分野に関連した研究はありましたが、1990年代からハプティクスという言葉の台頭とともに急成長してきた分野です。
既にハプティック技術が実装された身近な商品として、ゲーム機のコントローラやジョイスティックが挙げられます。ゲームをしている最中にブルブルとした振動を感じたら、それがハプティクスの一例です。また、携帯電話のバイブレーションもハプティック技術です。ポケットやバッグに入れて呼び出し音が聞こえづらい場合、もしくはマナーモードにしていても着信したのがわかるのは、我々が振動を感じるためです。
機械を通じて人間に力覚・触覚を伝えることが多いため、大きくはロボット工学の一つに分類されることが多いですが、人間の感覚に関する事柄なので、心理学や脳神経学の研究者もいます。様々な複合分野への応用が期待されています。
医療分野では、先に挙げた遠隔操作ロボットの例のほか、手術シミュレータへの応用もあります。例えば研修医がある術式を学ぶ場合、一連の作業は教科書やビデオから学べますが、実際にどんな手応え感が得られるのかはわからないでしょう。シミュレータにハプティック技術を実装することで、操作者は直接手術する際と同様の力のフィードバックを期待でき、視覚・力覚を通してまさに手術の予行演習をすることができます。もちろんこのようなシミュレータができれば、医療分野のみならず、日本の伝統工業のような熟練を要する作業の習得にも役立つでしょう。
生物学の分野ですと、マイクロ・ナノマニピュレーションへの実装が期待されています。生物細胞のように対象物が極めて微小な場合、人間が直接操作することは難しいため、マイクロ・ナノメートル単位の高精度で制御できる操作機器(マニピュレータ)を用います。このマニピュレータに、マイクロ・ナノニュートン(ニュートンは力の単位)レベルで計測できるセンサを取り付け、現状の視覚のみではなく、力のフィードバックを拡大して操作者に伝えることで、任意の物質を細胞に注入したり細胞操作をする作業の正確性・成功率を高めることができます。
触覚に関してはどんなものがあるでしょうか?オンラインショッピングをするとき、色やデザイン以外にも、どんな触り心地なのかも気になるでしょう。しかし残念ながら、写真や紹介文からではその正確な手触り感は伝わりづらいと思います。そんなとき、インターネットを介して生地の手触り感を再現できる機器(インターフェース)があったらどうでしょう?そのインターフェースを通して、あたかも本物の布地に触れているような感覚が得られ、より希望に近い商品をオンラインでも買うことができます。
このようにハプティクスは様々な可能性を秘めている分野です。私の所属する Haptics Lab で取り組んでいるメインテーマは、先にも述べましたが、遠隔操作ロボットに、再現性の高いハプティック技術を実装することです。これを難しくしている一番大きな要因は、ロボットの安定性です。力のフィードバックを加えることで、ロボットシステムの安定性を保つことが非常に難しくなります。手術に使用するロボットですから、ロボットが暴走したり、制御不能な状態に陥ることは絶対に許されません。また、高精度のセンサは高価なため商品化の大きな壁となったり、センサから得られたデータにはノイズが混入するため、大量のデータからリアルタイムでノイズだけを除去する必要があります。これらの課題を解決し、一日も早く、より安全で質の高い医療ロボットを世の中に提供できれば、と思います。
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