「誰か気づいて」 平田信容疑者、自ら手錠かけ出頭
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私は飾ることができる何かを見つける��<span>「誰か気づいて」 平田信容疑者、自ら手錠かけ出頭これは嘘ニュースです
目黒公証役場事件で特別手配されていたオウム真理教幹部平田信容疑者(46)が昨年31日、警視庁丸の内署に出頭する際、自ら購入した手錠をかけた上、「特別手配犯、懸賞金500万円」と書かれたボードを首から下げていたことが関係者の証言で明らかになった。調べに対し平田容疑者は「誰も気づいてくれなかったから」と話しているという。
平田容疑者は丸の内署に出頭する前の12月31日午後11時ごろ、東京・霞ヶ関の警視庁本部を訪ね、警備に立っていた機動隊員に「平田信です。出頭してきました」と名乗り出たが、隊員は「悪質ないたずら」と判断。「家に帰っておとなしく猪苗代湖ズでも見てろ」と門前払いした。それでも容疑者が逮捕してほしいと懇願したため、隊員は700メートル離れた丸の内署� ��向かうよう指示した。
平田容疑者はその15分後、丸の内署の署員に「平田信です」と再び名乗り出たが、「家に帰ってジャニーズカウントダウンライブでも見てろ」と、またも門前払い。そのため同容疑者は近くのコンビニで購入した手錠をかけるとともに、自分の指名手配書をコピーしたボードを首から下げ、改めて丸の内署に出頭。「あくまでも自分が平田信であると言い張る熱意に負けて」(捜査関係者)署内に迎え入れた。その後、署内でふるまった年越しそばを、右手に箸を持って食べたことから、右利きである容疑者本人と判断。1日未明、逮捕監禁致死容疑で逮捕した。
その後の調べで、平田容疑者は31日朝、事件の情報提供を呼びかけているフリーダイヤルに10回ほど電話をしたが話し中でつながらなかったと供述している。また午後からは「オウム服」と呼ばれる信者独特の服装とヘッドギアを身に着けて都内を歩き回ったり、昼食に訪れた牛丼店で注文の際、語尾に「〜ポア」をつけて話したりするなど、自らが特別手配犯であることを必死でアピールしたにもかかわらず、誰も気づかなかったため、出頭することに決めたと供述している。
平田容疑者が17年もの間逃亡生活を続けられたのは、オウム事件の風化以外に、このような警察の油断とも言える失態の可能性が出てきた。また「ヤマンバ」「ゴスロリ」「裸エプロン」など奇抜な 衣装で出歩く若者がこの17年間で急増した結果、社会における異質が黙認されるようになったことも逃走に有利にはたらいたとの見方もある。
現代社会に詳しい京都大学情報産業学部の坂本義太夫教授は「大都会における他者への無関心が17年逃げ続けられた大きな要因の一つ。これが村落共同体が今なお絶大な力を持っている滋賀県だったなら逮捕まで3日もかからなかっただろう」と話す。
写真=逮捕された平田信容疑者(46)
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<BOOK>オウム裁判傍笑記 疑似国家さながらに、日本を敵視し、テロの恐怖に陥れた犯罪集団「オウム真理教」。多数の犠牲者を出した一連の事件は世界中を震撼させ、「教祖」は一九九五年五月に逮捕される。その犯罪を裁く「世紀の法廷」は、九六年四月東京地裁で開廷した。 しかし、そこで繰り広げられた八年間のやりとりは、あまりにも不可解で喜劇的だった。そのとき、教祖はいかに振る舞い、弟子たちは何を語り、弁護人はどこにいて、裁判官は何を裁いたのか?裁判を傍聴し続けた著者が、裁判員制度の導入を前に、大いなる疑問とともに提示する、真実の法廷ドラマ。 |
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